BLUE REFLECTION RAY/澪第22話感想:水崎紫乃掘り下げ回、あのクソ母が宗教を立ち上げたか

2021年夏アニメ



BLUE REFLECTION RAY/澪第22話「となりあわせの死」感想


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第22話感想

これは・・・

最終回近くになって強烈なものをぶっこんできたね。

この作品は何、赤のリフレクター組における毒親選手権でもやってるんですかって思えるくらいの毒親が現れてるんですが、紫乃の母親は山田仁菜の母親を軽々しく超えてきた。

これ、水崎家(実は紫乃の名字が今回はじめて明かされたんだっけ)宗教団体を立ち上げて娘をその教祖に仕立て上げたのかな、描かれていないだけで(叱責はされていたが)父親もいるみたいだけど、県議会議員とのコネとどこから湧いてきたのか豊富な布教活動費、そして学校まで立ち上げてまで布教する力の入れようだった。

「弱者は未来の犠牲者」ってのが聖イネス教の教義なんだけど、もともとそれは母親が富裕層の生まれ、もしくは貧困層の出だったが玉の輿に乗れたかなんかしたことでずっとそのように思っていたのかもしれない。

いやそれにしても娘を神にするための手段が、自分が気に入らないことがあると弱さだの聖痕だのといって度重なる暴力を姉に振るい、しかもその傷跡を書籍として発売し、最終的に目の前でいけにえとして捧げられる、つまりは殺害されるところを見せられるってそらコモンに逃げたくもなるよ。

紫乃はどうなんだろ、現在から逆算して最初は母親の教えは正しいと思っていたのかな、でも姉への暴力が激しさを増してくるとともにあの人はおかしい、あの人こそ害悪だと思うようになり、あの人さえいなければ私も教祖に祭り上げられず友だちに囲まれ、姉とも仲睦まじくまともな人生を送れたはずだって考えに変わっていったんだと思う。

そして姉を殺害した母親に対する憎悪は自分が思いを抜けばいいってふうに変わり、さらに発展して自分だけでなく、他人の負の感情もなくなればいい、悪者はいなくなるべきだという思いへと変わっていった。

いやあの母親なに、弱みがどうとか言ってたけど結局気に入らないことがあったから暴行を加えていたんだろ?しかも傷跡をわざわざ書籍として発売する、いや典型的なカルト宗教よ。

ようまあそんな書籍をぬけぬけと発売できたな、あんなんワイドショーが文春砲のごとくこぞって取り上げてもおかしくないんだけど、やはり大金出してテレビ局のスポンサーになって、先回りしてメディアを買収してるんだろう。

そら紫乃も守るべきは自分の思い出はなく現実というか未来って風になるわ、自分の思いは消えてもべつにどうってことないんだもの、母親が姉へ振るう暴力っちゅう忌まわしき記憶と、勝手に教祖に祭り上げられていることくらいしかないんだから。

そんな記憶は完全に消去して思い出したくもない黒歴史にしたいんだろう。

で、で、そんな紫乃が集会で演説中にもかかわらず「痛みこそ至高、悦び」っていう考えを曲げない駒川詩、なぜかどこにでもいるうえ、やっぱりあんたが一番強敵だと思うんだ。

何を言ってるんだよ、紫乃にとっては痛みこそ苦痛、悲しみ、憎悪なんだって話なんだけど駒川詩はそんなことはつゆ知らず。

なぜなら駒川詩は家庭環境が劣悪じゃないと考えられるから、山田仁菜や紫乃のところように劣悪じゃないからこそ「痛みこそ至高」って考えにいたれるのだ。

いや、逆に自傷行為を繰り返すことで母親に注目されたいから「痛みこそ至高」って歪んだ考えに至った可能性もある、さっきとは言ってることは両極端だけどね。

そろそろ彼女の掘り下げもなされてほしい、共鳴をしたときに山田仁菜が「ヌルい」って言ってたからどうせ大したことはないんだろうけど。

わざわざお使いと称して陽桜莉たち青組リフレクターのアジトにまで几帳面に押しかけてきてくれたしね。

紫乃の作戦はコモンと現実が合わさったときに生まれたフラグメントちゃんの息の根を止めることか。

彼女を助けるための方法は思いを取り戻すことではなく、ポジティブな思いや成功体験を新たに作り上げてあげるってのが物哀しいな。

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