リコリス・リコイル13話感想:最終話にしてようやく千束が悪いんですよが聞けた!!

2022年夏アニメ



リコリス・リコイル第13話「Recoil of Lycoris」感想


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第13話感想

旧電波塔で倒したはずの真島が延空木にあらわれた、延空木が停電し真島により時限爆弾が取り付けられたところでアランチルドレンバッジを吉松に返却した千束がひとり応戦、サシで決着をつけていくが人工心臓のバッテリーが切れようとしていた。

銃撃戦の末両者は展望台から落下、千束はたきなにより宙吊りになるも生き残り、ギリギリのところで止められなかった時限爆弾のタイマーは0になるも延空木の爆破ではなくたくさんの花火が打ち上がり解決を見た。

その後千束は心臓を移植されこれからも生きていけることとなった。

ラストバトルは爽快感のある動きで圧巻だったがなんか妙に真島も千束もきざったらしくカッコつけた言葉で場をしめてたもんだから逆にカッコ悪い終わり方してませんか…?

真島はモザイクなしの現実を見せるっていうからこのあとにもきつい現実を知らしめて終わるのかと思ったらそんなことはなかった、結局DAは再び影にもぐりモザイクかけられたままの現実で終わっちゃった。

なんだよ真島、言ってることは大きいかもしれないがおもったよりも小物だったぞ!

これはモザイクのない現実ってワードを思いついたはいいけれど、あまりにも抽象的すぎてなにがモザイクのない現実なのかがそもそも真島でさえも誰もわかってないから具体的なところまで落とし込めなかったからだと思う。

地下鉄の駅を一つぶっつぶして交戦中の多数のリコリスと部下の男たちをかんたんに犠牲にしたわりには千束の体調を気づかう男っちゅうもんで完全にワルになりきれてなかったしな。

まあそれは真島自身が同じくアランチルドレンだった千束に興味があり深追してみようと思っていたからってのが大きいけどさ。

なぜなら、人は誰しもそれぞれ異なる価値観っちゅう色眼鏡という名のモザイクを通して常に世の中を見ているからである。

モザイクのない現実とはなにか(マスコミやSNSでの偏向や印象操作が主になるだろう)で包み隠さずに地球上にいる80億人の人間みなが共通の認識を持つような現実のことを言うんだろうけれど、なにか事件がおきたときにありのままを受け止めて感情的になるような人もいればその事件の裏側や別なできごととの関係性を即座に見出す人もいる、極端になるとありもしない事実を持ち出して陰謀論を語り出す人すらいる時点でそんなのは存在しないのよね。

とくに日本の場合は本音よりも建前っちゅうモザイクもずっとずっと昔から存在するしね。

これは人間の性格がそうさせているっちゅうところまで関与してくるからな…

とにかくモザイクのない現実など存在しない、ってことは逆にいうならば今ここにある現実の光景こそモザイクのない現実といえばいいかなあ。

どっちが世の中を変えてどっちが現状維持を求めるか、またこれも人によって立場によって解釈が異なる言葉を残したなこれ。

自分では世の中を変えるために動いているんだって思っていてもはたから見たら現状維持、または世の中の変化に抵抗してるために動いているようにしか見えないってのが相応にしてあるからね。

とくにダニング=クルーガー効果で自分は有能であると思い込んでる人間ほど自分は世の中を変えているんだ!と思い込んでる感じ。

つまりは誰かの正義は誰かの悪になる、それが全世界に80億人の人間がいれば80億通り以上は存在するってことだ。

千束が生きてたのは素直にうれしいけどな。

やはり吉松の持っていた心臓を移植したって流れか。

てっきりそのまま命を落とす流れになるのかと思ったがそうじゃなかった。

やだよ墓前に手を合わせるエンドは、この作品でそれは見たくなかった。

やはり千束には自分の生きたいように生きていてほしかったしそうなってくれたことに喜びを感じてる。

たぶん吉松も千束の話を聞いたとき、自分が死ぬかわりに若い存在に自分の分まで生きて世の中をより良い方向に作り上げていく希望の存在になってほしいところまでうっすらと読んでいたんだろうと思う。

ミカの足の不調までウソだったってのも驚きだ、これもウソっちゅうモザイクをミカがかけていたことになる。

そうだ、ウソもモザイクの一つだ、大抵の人間はどこかウソをついているでしょうからモザイクを見せてるってことになる、だから正直人間はこの世にはいない、みんな自分をよく見せるためにウソをつく。

千束たちこの事実知ったら腰抜かすだろうな。

とはいえ…なぜかいつの間にか千束は心臓の手術が行われてなぜか病院抜け出してなぜか宮古島に行ってたし、なぜか第1話の銃取引現場を発見したのと同じ方法で千束の居場所が発見されてるし(スマホの自撮りの背景に映り込んでる)後半の後日談はなぜかなぜかな現実離れした展開だらけだったのは大減点ではあるが。

続編があるからこういう結末にしたのかなあ、真島もどうなったのかは具体的に示されてないから運良く生き残っている可能性はなくはないしね。

ということで終わってみたけれどもっと思春期の少女バディものとして荘厳な話になるのかと思ったら荘厳さはそんなになくわりと日常描写多め、百合っぽい描写多めな印象だったね。

1話で喫茶リコリコが描かれていた時点で荘厳さもへったくれもなかったってのはあるか。

最初はわりと機械的な対応だったたきながどんどん千束に入れ込んで行ったのとは対照的に千束はあまり態度を変えてないっていうこの対照的な描写がにくいねえ。

いうならば男が女に恋に落ちても女は友達としてしかみてないよって感じ、この場合男と女の立ち位置は逆転して良いものとする。

千束を最強のDAにしちゃったから一周回って強さよりも自由を求めるキャラにしたった感じかな、そのために他者に感情移入することがなくなっちゃった。

そこに千束の心臓は実は人工心臓でアラン機関に助けられてDAでの強さを買われて殺し屋になる運命を背負わせたが本人はその気ではなく逆に人を助ける存在として活動するっちゅう要素が入ってきたもんだからあーらびっくり。

これは救世主ってワードの捉え方の違いだな。

悪い存在になってよどんだ世の中を変える救世主になるか、純粋に人々に幸福を与えたいか、そういうところの差だ。

いわゆる無敵の人も自分は救世主だと思い込んでるが思ったようにいかず行き詰まった人間の行く末だしな…

自分の人生を他人に決められるか自分で掴み取るかっちゅうところにもなってきちゃった。

とはいえ自分の人生は他人に決められたくはない、自分で掴み取るぜって選択を取れる人は実際のところ少ないからね、自分らしく生きるならまずはやりたくないと思ってるが金のために働いていて文句ばかりをSNSに垂れ流しているいまの仕事をやめてみろってところからはじまる。

やりたくない仕事をしてる時点で他人の人生を生きていることと同義だからな。

世の中を変えるか現状維持を求めるかってのはそういうところからもくる。

それか仕事そのものや趣味の面で自己実現に励むか、できることはその二つのうちのどちらかだ。

最初はDA復帰を声高に要求してたたきなが最終的にはDAにこだわらずに、むしろDAって肩書きを捨ててまで自分のやりたいようにやる方向に動いたのもこれもまた人生ってもの。

つまりは最低限置かれてる環境で自分らしく生きろってことよ、ただし失敗を受け入れろ、そしてそのうえで仕事の場合はビジネスになるからある程度の成果を出す必要があるがな。

病院抜け出して宮古島でバカンス楽しんでる千束、思い切り自由を楽しんでたよな、生き方も自由も外から与えられるものではなく自ら求め、作り出していくものであることがよくわかるわ。

個人的には…名前だけの存在だったリリベルの話もやってくれーって思ってる。

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