うちの師匠はしっぽがない13話感想:大黒亭潰しに平兵衛は警察を買収していた!

2022年秋アニメ



うちの師匠はしっぽがない第13話「全部師匠が教えてくれた」感想


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第13話感想

まめだは遊郭の常連、平兵衛から落語を一席披露した礼にご馳走をたらふく振る舞われたどころかお土産までもらい上機嫌に椿家と帰ってきた、風呂敷を開けるとそこには札束が大量に入っていたが、なんと直後に警察が入ってきてしまった、そう、平兵衛が大黒亭を潰すためにまめだを窃盗犯に仕立て上げたのだ。

しかもその札束は以前文鳥の元に慰謝料を要求した際に文狐から投げつけられた金であった。

大ピンチな状況にまめだはしららと寄席へ逃亡するも警察に見つかってしまったために押し入れへと隠れたが今度は犯人を隠匿したとしてしらら含めた寄席の人間が容疑者にされそうになってしまう。

まめだは一度自首してしまうもそこにただ(無料)の言葉に釣られて大量の客が寄席に押しかけるや文狐が一席披露、まめだも警察もその一席を見つめている。

都合が悪くなった警察と平兵衛の元へと文狐はやってきた、そう、あのとき投げつけた風呂敷の中身は文狐が札束に化かせた葉っぱであると自ら種明かしをしたのである。

捨て台詞を吐く平兵衛にまめだは足を洗って私の落語を見にきて大笑いしておくれよとつかわしたことでこれにて一件落着となった。

どんな時代でもけったくそ悪い人間を変えるのはやはり笑いだった、笑いこそこのストレス社会の癒し。

漫才コントの賞レースが増えてきてるのもそんなストレス社会のあらわれだろう。

なんやお前、ポッと出の平兵衛っちゅう大黒亭潰しのゲスな男とのラスボスバトルが行われたかと思ったら文鳥-文狐-まめだの三世代の師弟愛や芸の継承、あるいは落語四天王による大黒亭の亭号を守り抜く話にキレイーにおさまったな。

やっぱり文鳥の言う大黒亭の芸は俺で終わりってのは人を観察してバカにするのではなくこれからの大黒亭の芸を作れる人間になれって意味合いだった。

時代が変わるとわれわれ庶民が求める芸もどんどん変わっていくからね、芸人にも社会の風を読みそれにうまく合わせられる頭の柔軟性が求められていた。

それができるのは人間じゃなくて人を化かせるキツネやタヌキってのがまたシャレがきいてたね、人を化かすには芸をも化かせる多芸であれってか。

たしかに芸人で売れてる人間って喋りだけでなくてすでに何か一つ二つ芸人になる前からうまく芸として生かせそうなものを身につけているのよね。

キツネやタヌキはその芸のひとつが人を化かすこと、ならばそれを笑いに生かしなさいよ、と、同じように人間も世の中に変化を与えようと思ったら何か際立った一芸を持つべきだよ、ってのがメッセージだったように思える。

文鳥が人間の弟子は取らなかったのにキツネの文狐を弟子にとったのは人間は保守的になりがちだからかなあ、常に時代に合わせた変化が求められる芸人が保守的になると途端に芸がつまらなくなるからね。

文鳥もやはり芸で芸能界を、いや、日本社会を変えたかったんだけどそこはやはり実力が至らずに人間の思想を変えるまでには至らなかったってところかなあ、落語家というか芸能人って死ぬまで学びの毎日だからね、だから至らなかった部分を含めて文狐に後を託したと。

どんな芸だったのか、どんな落語を披露していたのかまでは具体的なところまではわからなかったがとにかく他の四天王の三人が回顧できるくらいには大物らしい芸を見せていたのは確かだろうか。

なにやら最近だとTwitterを含め社会全体で常に何かに怒ってる人間ばっかりでピリピリした雰囲気が色濃いけれど風刺効かせるなら笑いをとりなさいみたいなかんじでいまのピリピリした閉塞感を痛烈に皮肉ったような内容だったね。

そこいくと平兵衛とか言う男がその社会に怒ってるピリピリした人間ポジションになるのかな、怒ってる人間ほど自分は世の中を変えていると思ってるんだろうがこちらから見たらいまのぬくぬくとした居場所でうまくいっているから、社会が実際に変わることで自分の居場所がなくなることを恐れ現状維持を求めている…?そう思えてならない。

警察を買収してまでまめだをつかまえて大黒亭を潰そうとしていたからね、大黒亭とは代々芸を日本を変える存在、現代社会になぞらえるとやはりなにか常に社会に怒っている人間ほど実際はど汚いことをしてまで注目されて出る杭を打つような人間なんだろうな。

誰や落語がつまらんなんて言って序盤中盤あたりで視聴をやめた人間は、落語以外にも芸のこと、師弟のことと見るところは多数あるきわめてクソ真面目な良作だったじゃない。

落研のような部活とはわけが違った、こっちは話術でメシを食う人間の話だから芸との向き合い方がまるで違う、原作はマンガだからコミカルに描かれてるとはいえ師匠からの芸を受け継ぎ自分の解釈を加えて新たな芸に昇華することにどれほどの努力を重ねないといけないか、落語四天王と呼ばれる序盤の関門として配置されたであろう大御所に認められるにはどのように身の回りのことから笑いを作り出さねばならないか、そのへんまでみっちり描かれていたからね。

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