大正オトメ御伽話1話感想:将来を悲観する少年のもとに買われた少女がやってきた

2021年秋アニメ



大正オトメ御伽話第1話「夕月 来タル」感想


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第1話感想

将来に絶望している少年と献身的な少女のラブコメ作品は夏クールでやっていた「死神坊ちゃんと黒メイド」のような印象、だからあの作品を見て大ハマリした方にとっては見やすい作品になるんじゃないいかな、私は3話くらいで視聴するのをやめてしまったけれど。

大正時代、事故をきっかけに何もかも失い別荘へとなかば幽閉された少年と借金返済に買われた少女が同じ家に住むことになった作品なんだけど、確かに悪くはないんだけれどもキャラクターの等身は思っていたよりも低いし(作品チェックしていたときにキャラデザを確認していたけれども)、なんかなーんかコレジャナイ・・・って思ってしまったのも事実。

やっぱり100年前の大正時代をニュース記事や書物でしか知らないわれわれ現代人が大正時代を描くとなるとこんなゆるい雰囲気になってしまうのかな・・・ってなってしまう。

なにせ大正時代が舞台の作品として鬼となった妹を救い人間にするために鬼殺隊となった少年を描くすっかり国民的作品になった「鬼滅の刃」や本編内で関東大震災が起き、ヴァンパイアと化した人間が闊歩する東京が描かれた舞台を原作とした「MARS RED」を見ているからね。

あなたがた本当に生活に不自由していないけれど金銭面はどうしてるんだ・・・これはおそらく毎月父親から支給されているんだろう。

この当時の1万円ったら今で言う4000万円~5000万円くらいの価値があるんだけど、そんな大金を出して少女をを東北の農村から買ってこれるというんだから(大正~昭和の恐慌時代の東北地方はとくに貧困で娘の身売りでどうにか生きながらえていた)。

ちなみにひっつみ汁は岩手県の郷土料理であることから夕月の出身地もうかがい知れるだろう、わざわざ東北地方を出したのはそのため。

夕月は女学校にいたけれど学校をやめて知らない男のもとに買われていったことが描かれたが、つまりは裕福だった一家が何らかの理由で(多分農業の不作が続いたと思う)貧困になり売られていったってことなんだけど、当時の日本ではこんな光景は当たり前のように見られたのよね。

だから、遠く離れた地で知らない男に献身的に世話をする夕月を見ていると切なさも感じてならない。

じゃあなんでわざわざ千葉の田舎にある別荘に珠彦は幽閉され、女をあてがったかだよ、それは彼女とひとつ屋根の下で暮らすことで、食い扶持を見つけ貧困落ちすることを防ぎ将来の復活のチャンスを与えるためではないかと見てるんだけどどうだろう。

しばらくは金銭的な支援だけはするけれどいずれはその支援も打ち切られ、強制的にでも働くことを選ばされるのは確かだな。

いまのところ珠彦は働くことも学校に行くこともなくニートとして別荘にこもりずっと将来を悲観視しているけれどそれも親が経済的に余裕があるからできること、なにせこの時代は超格差社会だから、貧困になると悲観する余裕さえもなくなるくらいには生きるか死ぬかの瀬戸際に追いやられてしまうからね。

だから確かに母親を事故で失ったとはいえ本当にお金の面でも何不自由ないのになぜ将来を悲観しとんねんってなってしまうんだけど、明治~大正時代を生きた宮沢賢治も東北の田舎で周りが貧困に苦しむ中自分たち一家だけ豊かな暮らしをしていることで罪悪感を覚えていたってことだから、家族により裕福な環境を与えられると「自分だけ裕福でいられていいのか?」と思うようになってしまうんだろう、これも現代の時代では見られない価値観なように感じてよかった。

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