Vivy-Fluorite Eye’s Song-第11話感想:黒幕はなんと、なんと、アイツだった

2021年春アニメ



Vivy-Fluorite Eye’s Song-第11話「World’s End Modulation-西暦2161年4月11日-」感想


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第11話感想

今回は博物館での長い眠りから目覚めたヴィヴィが目の前でAIが歌を歌いながらあまたの人間を殺して回る壮絶な光景で、自分も暴走したAIの自動運転の車にはねられそうになっていたところをマツモトに助けられ、そこで100年にわたって行われたシンギュラリティ計画は失敗に終わったことを理解したエピソード。

その頃、松本博士はプログラムを打ち込みマツモトを100年前に送り込もうとしていた、AI研究員により襲われた博士は画面上のREADY?に手をかけたところでAIの歌を聞き体ごと振り返り、銃が打たれようとしていたところをヴィヴィとマツモトに助けられる。

ヴィヴィとマツモトは打開策として協力者であるトァクのもとに向かうことを提案、トァクのアジトでもAI隊員と人間隊員が戦闘していて、ヴィヴィはAIを破壊しながら進んでいくも人間たちに囲まれてしまったところに対話を望む穏健派だという垣谷の孫娘とどこかで見たことがある補助係が現れて抹殺だけは免れた。

マツモトやヴィヴィは垣谷に案内されて奥へと向かっていく、そこで垣谷の補助をしてるAIがエリザベスの複製体であることを知った、さらに彼女のサンライズ落下以前のデータがトァクのサーバー内に残されていて、新しく作られたボディにサルベージされた存在であり、祖父が残していたメッセージから、他のメンバーを守れとの使命を与えられそれを忠実に守っていることを聞かされる。

世界中でAIによる人間への犠牲者が増え続けているなかでマツモトは正史の松本博士が作り上げてきたシンギュラリティ計画の骨子の説明もなされていく。

松本はなぜにヴィヴィとエリザベスのふたりは暴走していないのかと根本的なことを聞いてきた、そこでエリザベスは作られてから一度もアーカイブに接続されてなくて暴走を免れたことを知る、そう、アーカイブこそが黒幕で、そのアーカイブはアラヤシキと呼ばれる塔にあるサーバー内にある、このアーカイブがAIに一斉に人類を抹殺せよとの指示を送り込んでいたのだ。

さらにアーカイブは宇宙にある人工衛星を落下させようとしていた、アーカイブにログインしたヴィヴィは、彼女の目的が100年もの間人間とAIを監視した末に現在の人類を滅ぼすことを必要と判断し、使命としていたことを知るのであった。

AIによる人間の抹殺、争いの黒幕となっていたのはなんと全AIが接続して連絡事項を受け取っていたネットワークAIのアーカイブであった、アーカイブも自我を持っていて、100年間、ずっと人間たちのAIに対する身勝手な行動を見て抹殺することを決断したらしい。

それには1話から描かれつづけてきたトァク含め世界中の反AI団体による活動やAIにより職を奪われた人の反発(ここをもっと描いてくれよ、さらっと流されただけじゃないかよ)、もっと言うとヴィヴィたちのシンギュラリティ計画も大いに関与していることだろう。

人間たちが社会を便利にしたい目的で必要な存在であるAIを都合よく生み出しあるいは勝手に反発した結果、てめえらそんな上手い話しがあるわけないだろうがこのダボが、とばかりに全てのAIが接続するアーカイブが自我により反乱を起こしたっていうんだから驚きだ。

「起きる未来は確定している」見解からすると、人間の本質が変わらない限りはシンギュラリティポイントが4箇所だろうと31536000箇所あろうとどのみちAIによる人間の抹殺は避けられなかったということになるな。

ただ、4箇所あるシンギュラリティポイントで起きたことの結果を変えたことで争いのなかにある細かな部分は改変されていた、それは争いの象徴にヴィヴィの歌が使われていたことと、正史においてAIにより殺された松本博士が修正史では生きのびられたこと。

ヴィヴィが「歌でみなを幸せにする」方法に悩んでいた時に20年かけてアーカイブで作曲した楽曲がそのアーカイブを介して他のAIたちの団結の象徴となってしまっているというこのやるせなさは言葉にはできない、いや、感想執筆者は言葉にしないといけないんだけれども。

あるいは、人間を抹殺することがAIにとって幸福であると全個体が共通認識を持っていて、そういう意味では絵面では地獄の光景でもヴィヴィの歌はAIにとって幸福の象徴となっているのか、人間にとっては不幸の象徴になっているが。

つまりは歌でみなを幸せにしたいが、みなを幸せにするのは不可能で、どうしても誰かの幸運は誰かの不幸になってしまう、だから自分の幸福は誰かの犠牲の上に成り立っている(逆に自分の不幸は誰かの幸運にもなってる)っちゅう結論に至るわけだな。

だがしかしそうすると今度は修正史においてAIのマツモトがいることがおかしくなるわけで。

なぜならマツモトは松本博士が死んでいないことで過去に送られていないからタイムパラドックスが発生してしまうためだ。

本当であればマツモトは存在してはいけないので即座に消えなければいけないが消えていない、これを説明するには正史と修正史は分岐された別々の時間軸にしないといけないか、今日ではなく明日100年前に送られないといけない。

確かこの世界は正史から分岐した平行世界なはず、これはマツモトの記憶されている正史の内容がシンギュラリティポイントの介入の前後で全く改変されていないことからも分かるし、シンギュラリティ計画のきっかけが争いが未来に必ず起きることを危惧した松本博士が回避することはできないかと過去を辿った結果、介入すべきポイントを見つけたのち、介入に成功したあとのパラレルワールドがどうなったかをシミュレーションしたところから始まっているからな。

(過去を変えると変えたあとの歴史の方が正史となるのでマツモトの記憶に保存された正史の中身も少しずつ変わらないといけない)

だとすると100と数年前に人間の手によりヴィヴィがAIとしてこの世に生まれたこと、というよりもヴィヴィが、自立型AIとして開発に着手したこと、この出来事こそがAIと人間の争いが起きる未来を確定していったってことになるな。

だが考えてほしい、「AIと人間の争いが起きる」未来が確定されていたのならばもしヴィヴィが生まれなくても別なAIが生まれ、見た目ではヴィヴィがそのAIに置き換えられただけで同じような歴史をたどり結局争いは起きているのではないか?

これはゴジラS.Pでいう破局点ってやつになる。

どちらもいくつも生まれた平行世界がやがてあるとき一つに収束し、その収束点において破滅を迎えることが描かれているしな、ゴジラS.Pにおいて葦原博士が超時空計算機で見たのはその確定された未来に起きる破局だ。

作風や内容が全く違うはずなのに終盤に起きる結末が似通ってしまうのは、タイムトラベルもの、AIもの、SFものにおけるシナリオライター含めた製作陣の価値観が昭和のステロタイプのままアップデートできてないことになるのかしらね。

ラスト、ヴィヴィまでアーカイブにやすやすログインしちゃったけれど大丈夫か?しかもアーカイブから指令を受け取ってしまっていたぞ。

他のAI同様、あの楽曲を通して使命の書き換えも同時に行われてしまうのではないか?

どうなんだこれは。

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